ノイズに埋もれた電子顕微鏡データから AI が結晶の向きを自動解読 ─電子線に弱い高分子材料の微細構造解析をAIで自動化─
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発表のポイント
- 電子線に弱い材料も測定できる低電子線量の 4D-STEM(注1)データから、結晶の微細構造を自動解析するための機械学習法を開発しました。
- ノイズのない「お手本データ」を必要としない自己教師あり学習(注2)による雑音除去と、結晶の面内回転(注3)に影響されない教師なし解析を組み合わせ、専門家が時間をかけて行っていた解析を自動化しました。
- 高分子であるアイソタクチックポリスチレン(注4)の実測データで従来の解析結果を再現し、未解析だった微量な結晶成分も新たに検出しました。
概要
4D-STEMは、電子線で試料上を走査して各位置の電子回折図形を取得し、材料内部の結晶の種類と向きを可視化できる測定法です。しかし電子線に弱い高分子材料では電子線量を下げる必要があり、回折図形を覆う多量のノイズが微細構造解析を困難にしていました。
東北大学大学院情報科学研究科の上條快大学院生、同大学未踏スケールデータアナリティクスセンター(同大学情報科学研究科兼任)の志賀元紀教授、同大学多元物質科学研究所の狩野見秀輔助教、宮田智衆准教授、陣内浩司教授の研究グループは、自己教師あり深層学習による雑音除去(4D-SSD)と、結晶の面内回転に左右されない教師なし解析を組み合わせ、ノイズの多い 4D-STEM データから結晶の微細構造を自動解析する機械学習手法を開発しました。本成果は、電子線に弱い材料のナノ構造解析を正確かつ迅速に行う基盤技術であり、高分子をはじめ幅広い材料開発の加速に貢献すると期待されます。
本成果は、2026年10月3日付で科学誌 npj Computational Materials にオンライン掲載されました。
研究の背景
電子顕微鏡は、材料の構造をナノメートル(10億分の1メートル)スケールで観察できる、材料科学に不可欠な装置です。中でも 4D-STEM は、試料上の各点で電子回折図形を取得することで、結晶がどの方向を向いているか(結晶方位)を注目領域にわたって網羅的に調べられる強力な計測手法です。得られる 4D-STEM データは、2 次元の空間座標と 2 次元の回折図形からなる 4 次元のデータ配列に記録されます。こうした大量のデータから結晶方位を決定する方法としては、あらかじめ用意した結晶構造モデルから計算した回折図形と測定データを照合する ACOM(自動結晶方位マッピング)(注5)と呼ばれる枠組みが広く使われています。しかし ACOM は結晶構造の情報が既知であることを前提としており、未知の構造を含む試料には適用できません。一方、データそのものから規則性を見つけ出す教師なし機械学習を用いるアプローチも研究されてきましたが、二つの大きな課題がありました。
一つ目は、ノイズの問題です。高分子のような電子線に弱い材料では、試料の損傷を避けるために低電子線量測定が必須であり、回折図形は電子の到来数のゆらぎに起因するポアソンノイズ(注6)に強く覆われます。従来の雑音除去法は、回折図形が場所ごとに回転していたりゆらいでいたりする状況をうまく扱えず、回折スポットが円弧状にぼけてしまうなどの問題がありました。
二つ目は、結晶の面内回転の問題です。同じ結晶方位であっても、試料面内での回転角が異なると回折図形は見かけ上異なるものになります。そのため従来の教師なし解析では、本来同一であるべき結晶成分が回転角ごとに別々の成分として分離されてしまい、膨大な数の成分が必要になり、後から回転の対応関係を整理する作業が必要でした。回転に依存しない特徴量も提案されていましたが、角度の情報を捨ててしまうため、結晶の微細構造同定に必要な回転角を求めることができませんでした。
今回の取り組み
研究グループは、「雑音除去」と「結晶成分解析」の二つの機械学習法を組み合わせた 4D-STEMデータ自動解析ワークフローを開発しました(図 1)。
第一段階の雑音除去では、ノイズを含む観測データのみを用いて学習できる自己教師あり学習を採用しました。この方式は、注目する画素の値を参照せず周囲の情報だけからノイズのない値を予測するブラインドスポット構造(注7)に基づくため、理想的な正解データが得られない実験データにも適用できます。本研究ではこの枠組みを 4D-STEMデータ用に拡張し、注目する測定点とその周囲の回折図形を同時に入力する深層学習モデル 4D-SSD を構築しました。隣接する測定点では結晶構造が似ているという性質を利用することで、画像1 枚ごとに処理する従来モデル(2D-SSD)に比べ、ノイズに埋もれた回折スポットを格段に精度良く復元できるようになりました(図 2)。
第二段階の結晶成分解析では、雑音除去した回折図形を極座標に変換し、回転角方向に 1 次元フーリエ変換を行います。この表現では、面内回転は位相の変化としてのみ現れ、振幅は回転によらず一定となります。そこで振幅に非負値行列因子分解(NMF)(注8)を適用すれば、回転角の違いに惑わされず結晶成分を抽出でき、位相からは各測定点の面内回転角を算出できます。これにより、結晶成分と向きの空間分布を同時に自動的に得られます。
開発パイプラインの性能を、まず正解が既知の人工データを用いて定量評価しました。様々な電子線量(雑音レベル)に対し、画像の再現度、回折スポットの検出精度、結晶回転角の推定精度のいずれでも、4D-SSD を用いた本手法が従来法を大幅に上回りました。特に電子線量が少ない過酷な条件で結晶成分と方位の双方を正しく推定できたのは本手法のみでした。次に、結晶と非晶が複雑に入り組んだ実試料として、アイソタクチックポリスチレンの球晶(注9)の実測データに適用しました。その結果、試料面に平行に寝たラメラ晶(注9)(flat-on)と立ったラメラ晶(edge-on)の分布が自動的に分離され、専門家が解析した先行研究の結果と一致しました(図 3)。さらに、枝分かれしたラメラ晶と主となるラメラ晶とで面内の向きが異なる様子も捉えられたほか、先行研究では解析されていなかった微量な成分も新たに抽出されました。



今後の展開
本手法により、低電子線量で測定した4D-STEMデータからでも高精度な微細構造解析が可能になりました。これにより、新たな構造の同定や構造と特性の相関解析が促進され、次世代材料の開発加速への貢献が期待されます。また、開発した雑音除去アプローチは汎用性が高いため、電子顕微鏡に限らず、次世代放射光施設ナノテラス(NanoTerasu)をはじめとする様々な計測データへの応用も考えられ、計測時間の短縮にも寄与すると期待されます。
謝辞
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR2435、JPMJCR1993、JPMJCR24S3、JPMJCR25Q3、JPMJCR25S2)、JST 国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(BOOST) 次世代AI人材育成プログラム(博士後期課程学生支援)、JSPS 科研費(JP23H02017、JP24K01153、JP25K23517)の支援を受けて実施しました。また、本論文の出版には『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けました。
用語説明
注1. 4D-STEM:4 次元走査透過型電子顕微鏡法。細く絞った電子線で試料上を 2 次元的に走査し、各位置で電子回折図形(2 次元)を取得する測定法。空間 2 次元と回折 2 次元を合わせた 4 次元のデータが得られ、結晶の種類や向きの空間分布を調べることができる。
注2. 自己教師あり学習:ノイズのない正解(お手本)データを用意せず、観測されたデータ自身から機械学習モデルを訓練するアプローチ。正解データを実験的に取得できない計測分野で特に有効。
注3. 面内回転:試料面内での結晶の回転。同じ結晶方位でも面内回転角が異なると回折図形は回転して見えるため、結晶成分の自動識別を難しくする要因となる。
注4. アイソタクチックポリスチレン:側鎖の立体配置が規則的に揃ったポリスチレン。規則性が高いため結晶化する性質を持ち、高分子結晶の代表的な研究対象として用いられる。
注5. ACOM(自動結晶方位マッピング):既知の結晶構造モデルから計算した回折図形と測定した回折図形を照合(テンプレートマッチング)して結晶方位を決定する手法。結晶構造の情報が事前に必要となる。
注6. ポアソンノイズ:電子などの粒子が検出器に到来する個数のゆらぎに由来するノイズ。1 画素あたりの電子数が少ない低電子線量測定ほど相対的なゆらぎが大きくなり、信号がノイズに埋もれる。
注7. ブラインドスポット構造:注目する画素の値をモデルの入力から意図的に遮断し、その周囲の情報だけから値を予測させるニューラルネットワークの構造。ノイズを学習してしまうことを防ぎ、ノイズを含むデータのみでの学習を可能にする。
注8. 非負値行列因子分解(NMF):データ行列を、非負値をもつ二つの行列の積に分解する教師なし学習法。直感的に解釈しやすい成分に分解されるため、スペクトルや画像の成分分離に広く用いられる。
注9. 球晶・ラメラ晶:高分子が結晶化する際、分子鎖が折りたたまれて板状の結晶(ラメラ晶)を形成し、それが放射状に成長して球状の集合組織(球晶)を構築する。電子線に対して板面が垂直なものを flat-on、平行なものを edge-on と呼ぶ。
論文情報
タイトル:Unsupervised Machine Learning for Automated Crystal Orientation Mapping on Noisy 4D-STEM Data(ノイズの多い4D-STEM データに対する自動結晶方位マッピングのための教師なし機械学習)
著者:Kai Kamijo, Motoki Shiga*, Shusuke Kanomi, Tomohiro Miyata, Hiroshi Jinnai
*責任著者:志賀元紀(東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター)
掲載誌:npj Computational Materials
DOI: https://doi.org/10.1038/s41524-026-02337-x
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター
教授 志賀 元紀(しが もとき)
TEL: 022-752-2205
Email: motoki.shiga.b4@tohoku.ac.jp
(報道に関すること)
東北大学情報部
デジタルサービス支援課 総務係
TEL: 022-795-3407
Email: cc-som@grp.tohoku.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404
Email: jstkoho@jst.go.jp
(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
ICTグループ
原田 千夏子(はらだ ちかこ)
TEL: 03-3512-3526
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